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IPA茨城写真家協会ブログ

縄文の記憶(あかい・いろ) 嶋田孝和

日本人の色はなんだろう?
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ここで言う色とは、作品に命を吹き込む、感動した時などの感情の色のことである。日本人ほど色に対していろいろな意味をもたせて表現している、凄い民族であると、私はつねずね思っている。(中間色が多彩で、実に繊細、図書館などで日本の色の本などがあるのでそこで驚くほどの色があることを知り、驚く事であろう)
いままでに、水墨画の技法、日本画の技法、洋画の技法などを研究し、写真に如何に取り込むかと言う事に挑戦してきたが、最近は、如何に色を排除し、単色の世界に凝縮、することに心血を注いで制作に取り掛かるようにしている。(なぜなら、そのときどきに味わう感情は、とても純粋で、よけいな色があまり混ざらないと、私は、思うからなのである。)目の前に見えている景色の色ではなく、心の中に見えている色を出していく。
私が現在求めているのは、縄文の色彩である、大きく分けると、赤・黒・青・緑・白の五つの色。(いずれの色も自然の中からみられる原始的な日本の原色である。それにプラスして私は季節や時刻の空気も加味してゆく)
瀧・水・空はブルー(瑠璃色の世界は浄化を意味する)・漆黒の闇(黒のなかに何かが潜む、無限の広がりがある)・森(緑は生きとし生けるものの再生)・白(純粋無垢、神の色として考える)単純化して話すと、そう言う言葉になって行くのだが、奥はもっと深い。
そして、今回は、あか である。赤と言ってもいろいろあるのだが、私の中の血の色になる。但し、採血されて時間のたった酸化してしまった色ではなく、とりたてのような赤(光にあてると朱色に輝いている)を指している
太陽はエネルギーを発しているので、赤と言うよりは、黄金の光と呼んだほうがいいかもしれない。(赤として表現するときもあるのではあるが)
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雄島海岸にて、この日知りあった気持ちのいい太鼓蓮と、日本海に沈む太陽の道を見つめる。
沈んでいくのであるから、一日の終わりのはずなのだが、私の縄文の血が、どんどん沸きあがってくる。活力がみなぎって来るのである。もしかしたら古来、夜は一日のはじまりだったのかも知れない。夜の方が、五感が刺激されてきて、感覚が非常にダイナミックになっていくからだ。朝の始まりは、気持ちは良いが、これほど体が感動はしてこないのである。(あくまで私の感覚で、他者に強要するものではないのだが)
一般常識で決められた、時間割は現代人の為で、縄文人の時間割でなかったかもしれない、と思う。
だからこそ、縄文にとっての炎の赤く、時として朱色は、特別の意味を持っていたのではないかと思う。


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by ipa_ibaraki | 2011-10-05 01:12 | 嶋田 孝和