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縄文の記憶(神話の国へ!)嶋田孝和

遥か昔、ここはひとつの島であった、太古(一万年前)は火の島で神のみが住む事を許された聖地であったろう。
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やがて、地殻変動も落ち着き、鳥達が草木の種を運び大地は緑で覆われるようになり、鹿などの草食動物も住むようになった古代(四千年前)あたりから、人が住むようになる。大畑台遺跡(秋田県男鹿)の調査から、現代人はここに住んでいた人達の事を縄文人と呼び、この地の事を男鹿半島と言う。(砂の堆積・隆起・干拓が無ければ、昔の呼び名のまま、小鹿島と呼ばれていたかもしれない)

長い年月、島であった為に外からの干渉を受けずに縄文の血を受け継いだ独特の文化・風習がこの地には、現在も生きている。そのひとつが、なまはげ様である。現在、日本人なら誰でも知っている「悪い子はいねがー」も本来は、島に入ってくるよそ者・島を荒らす者達を追い払う為に、島の勇者がなまはげになり、島を守っていたのであると、私は思う。

なまはげ伝承館の語りべさんからお話をお聞きすると、なまはげは、男鹿を守る、訪来神。もともとは角はなかったそうで、非常に怖いが土着的で神聖なお顔である。また、この地の縄文遺跡から土面も発見されており、仮面信仰は、縄文時代まで遡る事が出来るのである。
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現在でも、縄文の名残りがないか、山に登ってみたくなった、現代人があまり手を入れない山には何かしらの古代の信仰形跡が残されているからだ。男鹿には真山・毛無山・寒風山と三山あり、前二山は山岳信仰として非常に興味深いが、今回はもっと古代まで遡りたい為、寒風山(休火山)に登ってみた。
杉の木で覆われた麓を少し登ると頂上まで、突然視界が広がる緑の山。ここには昔、鬼が住んでいたと言われる、「鬼の隠れ里」と言う場所がある。山の七合目付近から観光道をはずれ、山道を歩く事、約20分、それは突然、山陰から姿を現した。
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高さ20mはあろうか、石を積み上げた巨大な山、これは明らかに人の手の入った信仰の磐座(イワクラ)である!これが作られた当時、これより先は草木も生えず、岩肌むき出しの荒涼とした世界で、火口付近はまだ噴煙が上がる、人の住む事が許されない鬼の住処であったのではないだろうか、それにしてもあまりに巨大なイワクラ、何故?祈りを捧げ、頂上に登って深く、思考する。ふと下を見てみると平にになった石の窪みに水が溜まっている、一年を通して枯れる事がないと言われている硯石の水を見た。そう言えば、この場所を遮るものも無い、真夏の低山にしては、石が非常に冷たい、水の枯れない理由はこれだ、イワクラには異界の扉と言う意味もあり、恐らくこの石の下には巨大な風穴が存在していると思われる。後日の知らべで、寒風山の地下には無数の風穴が存在している事を知る、このイワクラの下に眠っていると思われる穴はどこかの穴とつながっており、強風が吹くと、鬼の叫び声のような音を発したのではなかろうか、勇気ある縄文人が中に入るが、毒ガスなどで幾人も帰らぬ人となり、これを神や鬼の怒りと恐れ、巨石で封じ込め、奉ったのであろう。現代にも語り継がれて来ている地名には、必ず理由があるのである。(鍾乳洞に入った方であれば、実際に体感しているので、お分かりになられると思うが、地下は気温が非常に低く、温度は一年を通して一定である)これが溜まり水が枯れない、ひとつの回答(地下の冷気により冷やされている)であるが、自然界には人間の知らない大いなる力が存在しているのも事実であると思う。
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この地で一夜を明かした翌日、ウオー・・・・ウオー・・・・風音?がする、テントの外を見てみると、これは夢か幻か?なまはげ様が里に向かって降りて行く、男鹿は本当に、なまはげ様が住んでいるのだ。

空が高く、空気が古代の香りがする、ここは、神話(縄文)の国である。
写真・文 嶋田孝和
by ipa_ibaraki | 2012-02-02 20:24 | 嶋田 孝和

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