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茨城のプロカメラマンは、どなた?

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IPA茨城写真家協会ブログ

カテゴリ:長屋 陽( 12 )

及川さんに感化されて、中古屋に売っちまおうと思っていた4x5を引っ張り出して、遊んでしまいました。マウントを装着するためのレンズボードは昨日、水戸のコンフォトさんで捕獲。まるでおいらが買いに来るのを待っていたかのように、500円均一のジャンクバスケットに入っていました。モーターツールで穴を拡大し、中間リング(接写とかに使う延長チューブ)のPK−12をネジ止めし完成! 早速、試写したのが以下のサンダーバード2号です。全長45センチの大型モデルで、数年前に町のリサイクルショップで廃棄物同然の状態で30円で販売されていました。それを完全再生したのが写真のT−2です。数ある2号の模型において、このバージョンが最も雰囲気の良い再現だと思います。
煽りやらシフトやら、すっかり基本を忘れていて、試行錯誤でしたが、やっぱり4x5は凄い!今回使ったのはシュナイダー/スパーアンギュロン90mm/F8。まさか、また使う機会があったとはね。それにしても、良いレンズだ。さ〜〜、今度は何を撮ろうかな?
おっと、そういえば、おいら、明日から極寒のソウルへ出張でした。。。こんな事して遊んでるばやいじゃない〜〜!
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by ipa_ibaraki | 2010-12-15 15:39 | 長屋 陽
D3を使うようになってからレンズ構成に微妙な変化が出てきた。ISO高感度(これまでの常識としての)が気軽に使えるようになって、F2.8クラスの高級レンズの存在価値が自分的に薄れてきたのである。D3と同時に開発された超高級レンズである14-24、24-70のナノクリスタル系ズームは共に開放値F2.8。入手当初はその存在感が頼もしかったが、使っているうちにその存在感、および重量が逆に足を引っ張る結果となった。24-70の圧倒的な解像度の高さ、シャープネスは他レンズの追随を一切許さないが、その大きさゆえに機動力の低下、そして望遠側70ミリ、という中途半端な焦点距離が使い勝手を悪くしていた。また、ポスターのような撮影ならまだしも、通常の撮影ではその性能面での優位さはほとんど活かされていない。そこで、着目したのが旧型のAFニッコールで、銘玉の誉れも高い、28-105、F3.5-4.5である。可変絞りなのでマニュアル露出では面倒だが、自動露出での使用においては問題ない。24-70の場合、F2.8の開放で使用する頻度を改めて検証したが、95%以上の状況でF4.5から5.6での使用となっている。となると、F2.8という開放値に拘る必要が無いのである。また、D3系が得意とする高感度でのISO設定であれば、F4からの開放値があれば、十分なのである。特に、28-105ではレンズ側の切替スイッチを使う必要があるにしても、AFで105mm側のマクロが使える。ブライダルなどの撮影では105mm側でのマクロは結構、便利である。さらにありがたいのは、小型・軽量な質量はもとより、そのコストパフォーマンスである。もちろん、現在流通しているのは中古がほとんどだが、ABクラスの中古でこの便利なレンズが10,000~15,000円程度で入手可能。予備も含めて、2本所有している。価格の安い中古ならではの使い方である。
また、望遠系ズームにおいても同様な事が言える。ニコンではサイレント・モーターを導入したAF-S系のレンズが現在の主流となっており、現行VR-IIバージョンの70-200、F2.8はプロ価格でも20万円プラス。ところが初代AF-Sの80-200、F2.8はABクラスの中古が10万円である。手振れ防止機構の搭載は、たしかにある特定の条件では便利だが、当方としてはほとんどそのメリットを感じない。逆に、光学系を補正するVRは周辺解像度、もしくは全体的な解像度に少なからずとも悪影響を及ぼす、との見方もあり、基本的にVRのスイッチはオフにして使用している。また、VRを始めて搭載した70-200はAF合焦制度の低さ、総合的な解像度の悪さ、周辺解像度の劇的な劣化など、欠陥レンズと呼ばれてもおかしくない駄目レンズだった。VR-IIの登場で買い替えも検討したが、VRが不要でMTF曲線を見た限り初代AF-S、80-200との差も自分的には許容範囲なので、10万でお釣りの来る初代AF-S、80-200の中古を購入した。VRの70-200はもちろん、リストラ。中古の80-200は質量的にはVR-IIと似たり寄ったりで、自分的にはその性能に満足している。もちろん、最新のVR-II、70-200は、先代の欠陥をほぼ全面的に改良し、素晴らしいレンズとなっているが、20万プラスの価格には魅力を感じない。
しかし、でかいレンズである事には変わりなく、ブライダルでの使用にはちと躊躇する。確かに、明るく、合焦速度や精度において、申し分ないのだが機動性に問題がある。これは人物を撮影するときの共通な問題点だが、広角系、標準系、そして望遠系ズームで狙われた被写体は、レンズの持つ威圧感にドン引きする傾向が強い。特に控えめな性格が多い東洋人は拳銃でも突きつけられたかのように一瞬、表情がこわばる事が多い。
そこで現在マイブーム的な望遠ズームは20年ほど前に半年間という短期間にしか製造されなかったAFニッコール・70-210、F4である。これは銘玉の中でもその製造本数の少なさから中古市場でも流通本数が少なく、程度の良い個体も希少なレンズだ。AF駆動は旧式なギヤタイプなのでAF-Sのようなサクッとした迅速さには欠けるものの、通常の人物撮影やブライダルにはD3Sとのコンビネーションにおいて必要かつ十分な合焦性能を発揮する。光学デザインはあの誉れ高きニッコール80-200を継承するシリーズE70-210をAF化した、と言われている。開放での逆光状況でのフレアはあるものの、ソフトな感じでいやみは無い。また、ニコンレンズの名に恥じない、開放からの描写力は抜群で安心して開放値から使える。何よりも良いのは、そのコンパクトさ。そしてもう一つのメリットはズーム全域でのセミ・マクロ的近接撮影が可能なことだ。表情の弩アップが210mmサイドで撮影できるのは便利である。数ヶ月前に1本、そして先日予備としてもう一本確保した。価格は15,000から上限は20,000円とお手ごろだ。
最後は最新式のAF-S 24-120、F4 Nであるが、これから撮影に出かけるので、このレンズについては後日にアップしようと思う。
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by ipa_ibaraki | 2010-10-24 11:59 | 長屋 陽
やっと出ました。
北京美少女図鑑!下記のURLでごらんになってください。
あれ?だれだこのオッサン?ってのが出ますよ。

Take a look at the following URL. You may find some old geezer whom you may know...

http://www.news24.jp/articles/2010/09/08/10166332.html
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by ipa_ibaraki | 2010-09-08 16:35 | 長屋 陽
China West (06) by Yo Nagaya

青海湖畔を走行中に小さな村が見えて来た。細かい予定を組んだ旅でもないので、運転手の休息も兼ねて立ち寄る事に。バイクの修理工場、一般家庭用品販売の店やレストランなどが軒を並べる短い目抜き通りを過ぎると、塀に囲まれた大きなグラウンドが見えて来た。その周囲にはバイクが無秩序に置かれ、人々が続々とグラウンドに向かっていた。
私達も入口付近に車を停めてゲートに向かった。ぼこぼこの舗装路からは多少の埃が立っていたが、見渡す限りの草原に囲まれた村の空気は新鮮だった。標高は既に3000メートル近辺。乾燥した空気と日本の秋の終わりを連想させる気温が心地よい。しかし、空気の透明度は北京の重たい空気と違い、日光の強さを強烈に感じさせる。ここはチベット高地。チベット族の老若男女の皮膚は赤銅色に輝いていた。
グラウンドのゲートは施錠されていたが、お構い無しに人々はゲートをこじ開け、その隙間から身を滑り込ませて行く。私達も右へ習えと、グラウンドに侵入。そこはどうやら学校らしく、その日は運動会だった。校庭、と言っても塀で囲った草原だが、生徒や家族らが集まって徒競走の真っ最中だった。異国の地で運動会に遭遇するのは、そういつもあることでは無い。それに、自称オリンピック・フォトグラファーとしては、見逃す訳には行かない。
大きなカメラを振りかざし、トラック脇に陣取った当方を見る目は皆、好奇心に満ちていたが、決して拒絶したり警戒するような目つきでは無かった。子供達は当方が向けるレンズの先を先回りするかのように走り廻り、写真を撮ってくれ、というゼスチャーをくり返す。そしてシャッターを切ると、背面モニターに写し出された自分達の姿に歓喜した。
イスラム系の人々と違い、チベット系は写真に対しておおらかな反応だ。中には孫を連れて写真を撮影して欲しいと、自ら依頼しにくる老夫婦も。彼等は、その写真を後で送って欲しいとか、頼むでもなく、撮影してもらう事に満足感を得ているようだった。
それにしても、この高地の希薄な酸素環境にも関わらず、全力疾走している学生たちの姿には驚いた。当方は車から下りて、100メートル程の平たんな距離をちょっと足早に歩いただけで低酸素の影響をもろに感じているのだ。チベット族の若者をスポーツ選手にすれば素晴らしい結果が期待されると思うのだが、どうやら中国政府の方針がチベット人が国際的に活躍する事を禁止しているようだ。少数民族問題が複雑に絡み合う中国ならではの事情である。
子供達が徒競走で盛り上がっているその奥では、大人たちがアーチェリーを楽しんでいた。遊びでは無く、チベット式の弓道である事が判明したが、試合(?)をしているはずの男達、なぜか強烈に酒臭い。
2チームに分かれて、グランドに両端に設置された的を射るのだが、弓を放つ前後に周囲のサポーター達はかなり度数の高い(40〜50°)の蒸留酒を選手やその周囲の人々、あるいは的に振り掛け、ついでにラッパ飲みをしながら踊っているのだ。当然、当方もその振る舞い酒の餌食に。ウオッカで育ち、中国では白酒を常飲する当方も、嫌いではないのでグッと一気に頂いたが、なかなか、強烈な酒だった。
的に刺さった弓をたっぷりの儀式的な行程で抜く時も大騒ぎをしながらラッパ飲み、相手が的を外してもラッパ飲み、自分のチームが的を射れば、当然ながらラッパ飲み。男達にしてみれば、理由はどうでも良いのであろう。しかしながら、へべれけになってから射る矢の行く末には気を付けたい。
2〜3時間も居ただろうか、競技は突然終了し、徒競走をしていた子供達は先生の指示を受けながらグランドのゴミ拾いを始めた。スナック菓子の袋が散乱していたグランドはみるみる綺麗になっていった。散らかしはするが、ちゃんと片付ける行為は当り前にきちんととしている、と感じた。
チベット人の運動会撮影なんて、後にも先にも無いだろうなと思いながらグランドを後にした。のんだくれアーチェリーがオリンピック種目に成る日は来ないだろうが、このおおらかなスポーツ文化がちゃんと後世に引き継がれるかどうかを危惧するのは私だけだろうか。

Driving alongside the Lake Chinghai, we came across a small village. Since our trip was not based on detailed schedule, and our driver needed some rest, we decided to stop by and explore. After passing through a short main street franked by motorcycle repair shops, household good shops and restaurants, we found a huge field surrounded by brick walls. Near the gate of the filed, motorbikes were placed chaotically and many Tibetans were heading toward what seemed to be a main entrance to the field.
We parked our van near the gate and headed to the field also. Sandy dust were floating in the air from deteriorating pavements, but the air quality at the village surrounded by rush, endless grassland was refreshing. We were already at an altitude around 3000 meters. Dry air and cool temperature similar to autumn’s end in Japan felt really good. However, there was a huge difference between humid and pollution loaded heavy air of Beijing and here: intensity of the sunlight was merciless. We were indeed standing at the Tibetan Plateau. Men and women, young and old, faces of Tibetan were radiating in copper tan.
Although the gate to the field was pad-locked, people never seemed to pay attention to that. They just pry open the gate a bit and slipped themselves into property. Of course, we followed suits. Then we realized that it was a school we were entering, and we happened to hit the school sports festival. Kids were in the middle of running events and there were lots of joyous cheers. It was indeed quite rare for running into a school sports festival in totally unfamiliar place. I had no choice but to grab my gear and jump into where the actions were. As a self-proclaimed Olympic photographer, it was almost automatic.
With big cameras and lenses, I positioned myself by the track course. People around me were looking at me with full of curiosities but their eyes were not hostile or refusals at all. Wherever I point my camera, kids would move toward that direction and kept telling me to take their photos. Then after I made the shot, they would run up to me and enjoy themselves while looking at their images shown on the LCD monitor of my camera.
Unlike Muslims, Tibetans seemed to be more tolerant toward being photographed. An old Tibetan family, presumably a husband and wife even came up to me and gestured me to take their photos with grandkids. They did not ask me to send the photograph back to them or anything. They were just happy being photographed by this foreign photographer (or by the big camera they had never seen before).
Incidentally, those Tibetan kids could run really well, despite the fact that they were running full steam at this high altitude with thin oxygen level. I felt out of breath and dizzy from just walking at slow jogging pace for about a 100 meters on the flat land from our van to the track course. I would not be surprised to see if the Tibetan youth could excel in sports, however they were not allowed to earn international fame by the Chinese government, according to my friend’s explanation. It was an example of complications dealing with minorities that China must face.
While kids were having fun with running events, I noticed that there was an archery event by adult men going on at the other side of the field. They were in serious competitions indeed however, I noticed strong liquor smell among those men.
They were split in two teams for shooting each other’s target built upon the ground with their arrows. The unique thing was that, before and after the archer shooting his arrow, people surrounding the archer were sprinkling Tibetan hard liquor (80 to 100 proof) on the archer and everyone around while drinking from the bottle in between. I was no exception and got baptized with that stuff. I pride myself of my brought up as I were weaned by Russian vodka and can enter drinking battle with any Chinese with Bai-jyu (fire liquor of China), it did felt pretty heavy stuff, perhaps because of high altitude.
These men drunk from the bottle at any occasions; ceremoniously pulling out the arrow from the target, opposing team missing the target, and of course when their own team hit the target. For them, the reasons were never important. However, one should be aware of the trajectory of those arrows shot after so much liquor.
Perhaps we were there for about 2 to 3 hours, but the whole sports festival ended suddenly. Kids who were in running competitions started picking up rubbish from the ground with teachers’ instructions. The field strewn with empty bags of snacks got cleaned up in no time. They did make a mess, but they sure knew how to clean up after themselves. I was impressed.
Photographing a Tibetan school sports festival was something I would encounter perhaps once in a life time thing. I suppose that the drunken archery event would never make it to the Olympic Games, but I sure hope that this laid-back sports tradition are inherited to the generations of Tibetans to come.

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全力のリレー
Full steam running, I can't keep up with these kids...
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先生かな?
I think this guy is a teacher.
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良いな、こういう暖かいゴールの仕方。
Kind of nice to cross the finish line like this with lots of cheers.
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良く見ると、まだ若いかな?
Maybe they are not that old... Ooops.
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この子はきっと、すごい美人になる。
This kid has the potential.
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きりり、としてるけど、なんだか酒臭い。。。
Sharp looking and great angle, but I smell liquor...
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神妙な面持ちで矢を抜いて。。。
Pulling out the arrow with ceremonious process....
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さ〜〜〜飲め!
A~~~~nd, let's drink to that!
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どうか、奴の矢が当たりませんように!
Please god, make him miss this shot!
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当たったら、また飲めるぞ!
If you hit the target, you can take another swig!
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若い頃の俳優、ロバート・ミッチャムに似てない?時代が旧すぎてわかんね〜〜?歯の金がチャームポイント。
He reminded me of an actor Robert Mitchum in his youth. Many of you don't know him, right? This guy has a nice charm on one of his tooth.
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お掃除タイム。
Time for cleaning up the mess and go home, kids!
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by ipa_ibaraki | 2010-09-05 21:35 | 長屋 陽
私がプロとして映像の世界に入ったきっかけは、松本零士作品との出会いに負うところが大きい。
幼少時代からSF物が大好きだった私は、瞳のキラキラした夢見る少年だった。最初に映画館で見た作品で記憶に残っているのは、幼稚園の頃に観たキュブリックの『2001年宇宙の旅』。当時、大阪に住んでいた私は、親父に連れられてこの映画を観に行ったが、全てが本物に見えて、ちびりそうなくらいに興奮した。最後にワープしていくシーンでは、それまでのビジュアルの強烈さに脳みそが疲れ果て、ボーマン船長のヘルメットに映り込む美しくも怪しい光跡に魅入られながら寝てしまった。
1960~70年代は、テレビでも夢の在るSF作品の最盛期だったと思う。サンダーバード、キャプテン・スカーレット、宇宙大作戦(スタートレック)、スティングレー、原子力潜水艦シービュー号、タイムトンネル、謎の円盤UFOなどの名作がゴールデンタイムに目白押しだったが、残念な事に、上記の作品群は全てが輸入物であった。そして子供ながらに、国産番組の制作レベルの低さを嘆いたものである。
松本零士作品との出会いは、多分、小学生高学年の頃と記憶している。古本屋の雑誌に掲載されていた太平洋戦記をテーマにした『ザ・コクピット』に度肝を抜かれた。その緻密なまでのメカの描写、妖艶な女性キャラやとことん男臭い戦士達の物語に、感動する、という言葉の意味を理解した。
そして、現在の仕事へのベクトルを決定的にしたのが。松本零士の描いた世界観で空前の大ヒットとなった『宇宙戦艦ヤマト』だった。現代のように情報が簡単に手に入る時代ではなく、ヤマトの初回放送すら知らなかったが、チャンネルを回しながら(当時はダイヤルでしたね)赤い地球をバックに発進していくシーンに遭遇。メカの描写タッチから瞬時に松本作品だと判った。首筋の毛が立つ、という言い回しが英語にあるが、これまでは印刷された漫画しか知らなかった松本ワールドが、動画になったという事実に狂喜乱舞したものだ。『オタク』の第一世代誕生の瞬間である。映像や工業デザインに関わる仕事をしたい、と漠然と考えるようになった。
ヤマトは初回放送において視聴率に撃沈されてしまったが、その後はカルト的作品として復活を果たした。コアなファンとしては、この第一作で完結して欲しかったが、商業主義はヤマトをとことん利用した。ちなみに、今年の12月に公開予定である実写版には、期待と心配が絡み合った複雑な心境だ。同年代のファンの多くは、同じような気持ちかも知れない。その最大の原因は、物語の原作者と設定を担当した松本との権利争いというオトナの事情だ。東京都知事・石原慎太郎原作のアニメ映画『ヤマト復活編』と公開予定の実写版には、松本の名前は無い。松本の世界観無くして、ヤマトの成功は無かった。夢を与えるべき作品の裏事情とは虚しい物である。
実は、こうやって松本零士のことを考えてみたのには理由が有る。昨晩、某テレビ局において松本の代表作品である『銀河鉄道999』が特集されていた。当時のテレビ放送分を抜粋して放送しながら、作品について語り合うという構成だ。私は『ヤマト』をリアルタイムで観ていたが、『999』に関しての興味は持っていない。なぜなら、同作品のオンエア当時、私は遠くはなれた米国に留学していたからだ。『ヤマト』ブームが一段落した後、『999』ブームが社会現象とまで言われるようになって行った日本の情報は米国に居た私の元には届かなかった。
『999』の魅力とはなんだろう、という単純な好奇心から昨晩の番組を観てみたのである。しかし、何本かのエピソードを見終わって感じたのは、私はこの作品のファンにはなれない、という結論だった。
とにかく、それぞれの物語があまりにもペーソスで気が滅入るのである。生身の人間、もしくは機械化人が物語の中で次々と死んでいく。悪人も善人もそれぞれが物悲しい性を背負って登場し、死んでいく。
一つだけ共感したのは、物語の根底に流れる『生きる事』というテーマだ。泥臭くても、苦しくても、限りある命の火を最後まで燃やし続ける事への執着を感じた。戦中、戦後を生き抜いた松本だから描ける世界なのだと思う。しかしながら、物語において、母親の愛情、人を信じる力、誰かを思いやる気持ちをここまでストレートに表現している事に、ある意味での潔さを感じるが、立て続けに観ると気持ちがオーバーロードしてしまう。
最後に、標題である『ちょっと、感じたこと』に立ち戻る。
『999』を観ながら、現代の日本を蝕んでいる多くの問題について考えてみた。無差別殺人、児童虐待、大人社会と子供社会に共通している『いじめ』、政治家や企業による利己保身的犯罪などなど。レギュラーのカリキュラムから排除されてしまった『道徳の時間』の代わりに、『999』のエピソードを紹介したらどうか、と思ったのである。
テレビやインターネットを筆頭に、メディアというのは人間の感性や人格をも左右する力を持っている。松本零士のように、作品を見た人の足が震えるような感動を与える映像を私も作ってみたい。
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by ipa_ibaraki | 2010-08-10 10:55 | 長屋 陽
青海(チンハイ)湖は中国最大の塩水湖。地殻変動を経て、一時期は黄河と繋がっていた時代もあったが、現在は流入する雪解け水はあっても、出口の無い湖となっており湖底のミネラルや塩分が湧出し徐々にその濃度を増している。一番の観光名所は、バード・アイランド(鳥島)で鵜や他の渡り鳥の営巣地があり国立公園として保護されている。中国の学校教育ではこの保護区はある意味、中国がどれだけ真剣に環境保護を実施しているか、というプロパガンダ的な扱い。国民が一度は観に行きたい、と思わせるほど熱の入った紹介だそうだ。翌日、実際に訪問。中国的価格水準ではべらぼうな入場料金からすれば、パスすべきだったが、百聞は一見にしかず。チンハイ湖の見晴らしだけは良かったので、良しとする。
今宵の宿はチベット式民宿。牧畜をしながら、湖畔で民宿を営んでいるチベット人一家の世話になる。レンガと泥で固めた母屋で食事をし、チベット遊牧民スタイルのテントで寝る。母屋には調理用も兼ねた石炭ストーブが使われており、室内には石炭の燃える匂いがこもり、ただでさえ酸欠気味なのに余計に息苦しさを感じた。夜半から大雨となり高地特有の寒さとなったが、テントへの浸水などはなく、とりあえず寝る事はできた。高山病の一種か、かるい頭痛は夕食時のビールと白酒(バイチュウ)で追い出す事ができた。

Ching Hai Lake is the largest saltwater-lake in China. It was created as a result of tectonic activities in this region. One time or another, it was feeding water to the Yellow River but now it is a closed lake. Although snow runoff keeps supplying fresh water to the lake, salinity is on the rise since salt and mineral deposits at the lake-bottom are seeping out into the water.
The main attraction for the visitors to this area is the Bird Island, a national park for protecting nesting grounds of Common Black Cormorant and other migratory birds. In the Chinese school education, the park has been glorified as a sort of propaganda expressing how deeply China is concerned with protecting natural environment. It is being introduced in school textbooks so elaborately; all Chinese would want to visit the place at least once in their lifetimes.
Next morning, so we did, and as you guessed, we were quite disappointed. The entry price was a rip off and we should have skipped the visit here, but to be able to say anything about this place, one must just see it. The only consolation was that the place did offer a nice view of the lake.
We stayed at Tibetan style tent hotel by the lake for the night. It was owned and operated by a Tibetan family who keeps Yaks and goats as well. We took our dinner at the main house built with bricks and mud, and slept in Tibetan style tent. The main house had a coal burning stove for both heat and cooking. The room was filled with smell of burning coal and I felt a bit suffocating since the oxygen was already quite thin at this altitude.
It rained halfway passed the night and the temperature dropped quite low (normal for high plateau), but there was no water leakage at my tent so sleep was ok although not quite comfortable. Due to the altitude, I was feeling slight headache but it was gone after some beer and liqueur served at the dinner.

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途中で見た青海鉄道。20年くらい前に乗車した豪州のインディアン・パシフィック号を思い出した。
Spotted a train heading for Lhasa on Ching Hai Railway. I recalled tans-Australia train, the Indian Pacific that I took more than 20 years ago.

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湖畔沿いに設置されていたチベット仏教特有の宗教的シンボル、ストラ流し。それぞれの布地にはお経が書き込まれており、この流しが風になびく事でお経が広まる、というコンセプト。
A typical Tibetan Buddhism symbol, Sutra Streamer found near the lake. Each cloth has Buddhism teachings written and it is believed that wind would carry the teachings.

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湖を左に見ながら、広大な大地、広大な空が広がる。
The lake is on the left-hand side with expanding field and big sky.

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民宿の夕暮れ。
Dusk at the tent hotel.

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ドスン、ドスンという音がしてきたので覗いてみると、母屋のキッチンで肉にナタを振るう民宿の兄ちゃんがこちらを向いてニヤリ。肉眼では見えないほど暗かったが、D3sの高感度性能が見せてくれたシーンだ。
Dull thumping noise came from the kitchin and when I took a peek, the hotel's chef grinned at me with an axe raised high. It was too dark to see by naked eyes, but my Nikon D3s did not fail to capture the moment with its high ISO capability.

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民宿の長。80歳近いようだが、元気な親父さんだ。同行していた40代の女性を気に入ったらしく、ナンパを試みていた。脱帽。
The chief of the family. He is near 80 years old but in quite a good health. He showed a big interest in one of our traveling member, a woman in 40's, and he was trying to persuade her to stay longer. That's my man! I have to learn the secret from this guy.

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調理も、暖房もこの石炭ストーブが主役。一応、電力はあるので電球がぶら下がっている。意外だったのはその電球がLED電球だった事。撮影にあたって、色温度があまりにもクールなので、タングステン色を意識してケルビン設定を7000代まで上げた。
Cooking and heating are done with this coal burning stove. They do have electricity and there were light bulbs dangling from the ceiling. What surprised me was that they were LED lights. Since the color temperature of those lights are too cool, I set the Kelvin setting at over 7000 on my D3s for shooting under available lights for depicting tungsten color.

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夕食が終わる頃、宿の娘さんがチベットの歌を披露してくれた。豊かな声質、声量ともに、酸欠高地にいるとは思えなかった。
Toward the end of the dinner, a daughter of the owner family sung some Tibetan songs. I was impressed with her rich voice and sound quality although we were at oxygen deprived high plateau.
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by ipa_ibaraki | 2010-07-13 16:49 | 長屋 陽
チンハイ湖に向けて大草原の舗装道路を快適に飛ばしていると、何やら遠くの方に長い車列のようなラインが見えて来た。青く霞む遠景の山々を背景に、シルエットとなってその姿はハッキリとしてきた。それは大型トラックの車列だった。何かを待っているように、トラックはエンジンを切り、路肩に座り込んだ運転手たちは暇そうにたばこを吸っている。
何が起きているのかを確認すべく、車列の最後尾から反対車線に出て、車を進ませた。100台近くのトラックが居ただろうか、辿り着いたその先頭はチベットのラサに繋がる、チンハイ鉄道の踏切だった。
一瞬、踏切事故か、と思ったがそうでもなさそうだ。野次馬と作業員たちをかき分けて、線路を見に行くと、そこでは踏切の補修工事が行なわれていた。
軌道の間を埋めるように、大きなゴム製のブロックを敷き詰めている真っ最中だった。撮影している当方を見つけた現場責任者らしき男性が、何かをわめいていた。恐らく、撮影するな、と言っていたのであろうが、言葉が通じない事を良い事に知らん振りを決め込む。やがて諦めた彼は作業に加わった。1時間程して作業は完了。渋滞が解消するまでそれから小一時間ほどかかった。

As we drove on to Lake Ching Hai on the flat road cutting across endless green field under a big blue sky, we noticed a long line of vehicles silhouetted against distant mountain views blurred in hazy blue air. The line became clearer as we got closer and we can now see it was a long line of large trucks. While the air-polluting old diesel engines were shut off, truck drives were squatting along the road smoking cigarette.
In order to find out just what was going on, we continued driving on the on coming lane. After passing perhaps more than 100 trucks, we finally arrived at the source of this traffic jam; a railroad crossing of the famous Ching Hai Railway leading to Lhasa.
For a moment, I thought it was a traffic accident, but there were no damaged train or cars. Wading through on lookers and workers, I finally saw what was going on: repairing the crossing. The workers were in the middle of placing large blocks made of hard rubber for filling the gaps between the rails. When one of the workers who seemed to be the leader saw me photographing the scene, he started to shout at me: most likely to stop shooting. I pretended not to understand a word of what he was saying (well, I really don’t, honestly), and ignored him. After a while, he gave up and went back to his task. The job was done in about one hour and then it took another hour for clearing the jam. We can now proceed with our trip.

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どこまでも続く、トラックの車列。チベット方面に向かうトラックの荷台は空の場合が多い。話によれば、チベットからレアメタルなどを運び出す仕事が主だとか。
Countless trucks form a long line. According to locals, those trucks are for transporting rare metals deposited in Tibetan mountains.

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チベット僧(赤いローブ)もお手上げ。
A Tibetan Buddhist monk (in red lobe) watches the repair.

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野次馬も含めて、なんだかのんびりとした雰囲気。
Including those drivers stuck in this jam, nobody seems to be upset.

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線路は続いてます。。。
Train's view?

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両サイドからブロックを敷き詰めて行ったら、最後の一個が微妙にフィットせず、ちょっと困ってました。
Since the workers placed the blocks from both ends, the last piece did not fit.

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ご苦労さんでした!
Job is done, finally.

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作業完了で一息つく作業員たち。それにしても、長く、真っ直ぐな線路だ。
Workers rest after completion of the repair. The rails stretch into the horizon.

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旅を続ける事が出来たのは、皆様のお陰です。
Thank you all for fixing the crossing!
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by ipa_ibaraki | 2010-07-12 23:24 | 長屋 陽
シニンからさらに西へ向かい、海抜2500m超の青海(チンハイ)湖を目指した。道路の状態は悪くは無いが、雪解け水を通すための土管埋設工事がいたるところで行なわれ、道路に大穴が開いておりその度に一車線通行か迂回となる。昼間は見通しが良いので工事区域は明白だが、夜間の運転は命がけかも知れない。
冬は極寒の地となるチンハイ高原は、この時期の短い夏の間だけが緑豊かな牧草地帯となる。道路の所々で、家畜の横断風景に出合う。しかし大型トラックなどは、多少は減速するも家畜の群れを蹴散らさんばかりに突っ込んで行く。
ここで初めて『毛牛』を見た。中国でマオ・ニュウと呼ばれ、その名の通り、長毛に被われた牛だ。いわゆる、ヤク、と呼ばれる牛で、記憶が正しければ、世界的に飲まれている乳酸菌飲料のヤクルトは、このヤクのミルクを発酵させた飲み物がそのルーツである。毛牛の他には羊やヤギが家畜の代表種。これらの家畜を追っていのはチベット人カウボーイと、チベット犬だ。ちなみにこの犬種、飼い主には従順だがそれ以外の人間にはかなり警戒心が強く、攻撃的になるそうだ。

Driving further west from Xining, we headed for Ching Hai Lake located at an altitude of around 2,500m above sea level. Road condition was not so bad, except there were numerous road constructions where they dug huge holes for burying drain pipes for snow runoff. Every time we had to pass the site, one or both lanes were closed for a short detour. Since we were driving during the daytime, it was fine, but I would hate to imagine driving at night on these roads.
Although the winter at Ching Hai Plateau tortures residents with harsh weather, it becomes beautifully rush green pasture during the short summer such as this time of the year. Livestock were seen crossing the road here and there as we drove through the countryside. 18-wheelers seemed to be oblivious of those animals on the road and they plow into the pack although they slowed down a little. Miraculously the animals escaped injury, most of the time.
For the first time in my life, I saw “Hairy Cattle”. In Chinese, they are called “Mao (hair) New (cattle)”. As the name shows, they sport really long hair. English name is Yak, and if my memory serves well, globally famous lactobacillus beverage known as Yakurt has its origin in the fermented milk of this animal. Aside from Yak, the Tibetan cowboys drive sheep and goats with help from Tibetan dogs who are quite obedient to masters, but ferocious to others.

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毛牛に潰される!!
Stampede!!

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なぜかトラックと言えばこんな色が多い。闘牛なら逆に牛が突進しそう?
By some reason, most of the Chinese trucks are painted in this color. If this were a bull fight, these Yaks would crash into the trucks.

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チベット人カウボーイが家畜を追う。
A Tibettan cowboy drives livestock across a road.
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by ipa_ibaraki | 2010-07-12 00:35 | 長屋 陽
ランジョウ空港から車で2時間ほどにある西宇(シニン)市に入って、まず気付くのは回族の多さ。彼らの顔付は北京で見慣れていた漢族とは明らかに血統の違いが現れている。欧州系、スラブ系の顔付が多いのである。中にはちょっと白人の血統を思わせる色白の女性がいたりする。西蔵族/チベット系の住人も多いのだが、この町の民族構成比率としては、回族が多いように見える。
ちなみに中国では、回族と西蔵族との関係はあまり良く無いらしい。漢族は商売上手でどこに行っても政治、経済の中枢を掌握しているのだが、回族はその漢族たちのなかで賢く、したたかに商売をし、そこそこに裕福な生活を手に入れている。また、回族には麻薬等の違法薬物に手を染めている地下社会で暗躍する輩も多く、かなりの収入を得ているそうだ。しかしながら、もともと質素な生活に慣れ親しんでいる彼らは、その財力を誇示するような事はせず、普通に生活しているそうだ。
ところが、西蔵族は商売が下手で、彼らの所得水準は一向に改善されない。回族に利用され、搾取されていると感じている。山間部の典型的な西蔵族の村は、粗末なレンガと泥で作った家々が並ぶ。しかし、北京で知り合った西蔵族の友人は、いつも偽りの無い笑顔で接してくれる。
今回、この町で我々を歓迎してくれたのは回族の男性。彼は今回の旅で運転手を努めてくれる漢族男性の親友だ。ちなみにこの運転手、地元の警察官。この国では警察官を味方に持つ事は、免罪符を入手する事に匹敵する。
Driving west from Lanzhou airport, we arrived at Xining. As soon as we got off the highway and entered the city, I noticed that this is a Muslim city. Unlike the faces I am used to see in Beijing, the people here has distinctive features. European and Slavic flair are prominent on their faces and there are even some caucasian traits in some fair skinned women. There are of course many Tibetans living in this city , but it seemed that Muslim population is more dominant.
By the way, Muslim and Tibetan populations are not so found of each other, it seems. As we all know, typical Han Chinese dominate business and politics anywhere in China. Muslim population is pretty good with dealing with Han Chinese and they are doing good business with each other. Also, some of the Muslim people deal with illegal drug trading. Although they have aquired huge wealth from that business, they do not show it off since they are so used to live simple lives.
However, Tibetans are not so good with business and they feel that Muslims are taking advantage of them. Typical Tibetan village in the mountain area is lined with cheap bricks and mud. Despite the hardship they have to endure, my Tibetan friend in Beijing always welcome me with unpretentious smile.
The person who are guiding us in this city is a Muslim man. He is a close friend of our driver, a Han Chinese who happens to be a local policeman. In this country, having a policeman on your side is as good as having a diplomatic immunity.
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8mm円周魚眼でイスラム・モスクを撮影。このレンズ、使いすぎないように注意が必要。
Islam Mosque shot with 8mm circular fisheye lense made by Sigma. I must check myself not to use it too often.
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スーパーでは中国を代表するお酒、白酒(バイチュウ)が壷で量り売り。運転手さんが旅の間に飲もうぜ、とポリタンクで3リットルを購入。42度。
Typical Chinese rice liquer, Baichu (84 proof) is sold from strorage pot by weight at a super market. Our driver purchased about a gallon in plastic tank for the road...
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トヨタの新車発見!
A new Toyota has been uncovered!
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by ipa_ibaraki | 2010-07-09 17:08 | 長屋 陽
先月の後半、中国の西方、三蔵法師もうろついたと言われているチベット自治区をロード・トリップしてきました。黄河の源流付近も行きましたが、まさに中国のグランドキャニオン、って感じでしたね。豊かな緑地があると思えば、そのすぐ側まで砂丘が押し寄せていたり。中国の国土の広さをもさることながら、漢族(いわゆる代表的な中国人)、回族(メッカの巡礼でグルグル回るからこの漢字。イスラム教徒)、そして西蔵族(チベット人)等が入り交じって生活する他民族国家であることも実感しました。人々は北京などの大都市部に比べると、物珍しさも手伝ってか、友好的に接してくれました。ある村では、当方のつたない中国語で自分が日本人である事を伝えると、集まっていた回族のおっさんたちがが揃って、『よし、よし!』と笑いながら言ったのにはこちらも笑うしかありませんでした。中国政府のプロパガンダの一貫として、旧日本軍の蛮行を描いた映画に登場するもっとも良く知られている日本語のセリフです。少しづつですが、旅の写真をアップして行こうと思います。

At the end of last month I took a road trip to China's deep west, Tibetan Autonomous Region where the famous Monky King legend took place. I also visited up stream of Yellow River where the scenery reminded me of Gand Canyon in the US. They are offers such diverse environment; rush green field existing side by side with advancing sand dunes. It was an eye opener experience for me to realize impressive size of China as well as actually witnessing diverse combination of people making up the poulation in this area; Han Chinese, Muslims and Tibetans.
Probably because of curiosity towards me, people are much more photo friendly than those in such big cities as in Beijing and Shanghai.
At a small village when the Muslim villagers found out I am Japanese, they all utterd "Yoshi, Yoshi!" which means "That's fine!" in Japanese. I just had to laugh with them because the phrase is probably the most famous Japanese used quite often in Chinese propaganda movies depicting horrible things Japanese army did to the Chinese during the Pacific War.
I am planning to upload short notes and photos from this trip when I have time.

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西宇市のユースホステルにいた子猫。遊び疲れてソファーで熟睡中。
A two months old kitten sleeping deeply on a sofa after playing hard with me at a Youth Hostel in Xining.

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市内の市場。カーペット屋のおやじさん。レンズは55mm/F1.2。
Carpet shop owner in Xining. Lense: Nikkor 55mm / F1.2

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イスラム教徒のために、立派なモスクがある。中国政府に従順であれば政府の資金でモスクも建築してくれるそうだ。
As long as the Muslims show obedience to the Chinese government, the money would be available for builiding nice Mosque.

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夕方、市内の市場を散策中にであった子供たち。かくれんぼの真最中だ。なんだか、自分の幼少時代を見るような不思議な気分でシャッターを切った。レンズは55mm/F1.2。
Kids were playing hide and seek at a market in early evening. They reminded me of myself at their ages. Lense: Nikkor 55mm / F1.2
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by ipa_ibaraki | 2010-07-08 00:35 | 長屋 陽