ブログトップ

茨城のプロカメラマンは、どなた?

ipaibaraki.exblog.jp

IPA茨城写真家協会ブログ

カテゴリ:嶋田 孝和( 58 )

東京ドーム約7個分の面積、縄文好きなら死ぬ前に一度は見ておけと言われるほど、日本最大級の縄文集落跡、現代人はその名を三内丸山遺跡(青森県青森市)と言い、語り継いでいる。
d0163199_10462580.jpg

私の趣向的に、あまりに整いすぎている所は苦手の為あって、今まで敬遠していたのであるが、どうしても現地の空気、風を感じ、建造物(復元)を触って体感したくなり、はじめて訪れてみる事にした。
(この博物館はよく出来ており、遺跡内をガイドさんの説明で歩く事もできる。縄文に興味のある方は是非、死ぬ前に一度、訪れて見て下さい。資料館もなかなかもの、撮影もOKで、縄文人のように心が広い、ガラスに入れられていない、縄文土器をみることは、他にはなかなかないと思います。)

この巨大な集落の発祥は今から約5500年前(土器などの炭素計算により)、現地に行ってみてまず感じた事は、現在の青森市の街中に森のように存在している事。(同じ地区に現在も人が住むと言う事は、昔も住みやすかった証である)海(魚貝類)に程近く、度々良い河川(魚)が流れ、少し丘になった森(栗・クルミ・獣)に囲まれた、最高級住宅地である。長きに渡り、この地に定住し繁栄していったのも頷ける場所である。
d0163199_1112913.jpg

5000年前あたりで、この集落は最高期を向かえ、約40-50棟の家が建ち(一棟で5人として)総人口は、200から250人ぐらい定住していたのであろう。その証として、上の写真のような集合集会場みたいな大きい建造物が存在した。(厳しい冬の間、ともに暮らしていたか、村の掟などを決める政治の場所だったのかもしれない)
この建物、自分には昔子供の頃、テレビでみた世界の秘境番組、確か、パプアニューギニアであったとおもうのだが、そっくり同じに見えてしまう、発掘した土面や別の機会で触れたい、日本の仮面も非常に類似点が多い、この地にたたずんだ時に、私の目の前に飛び込んできた、デジャビューである。

d0163199_1132158.jpg

250人は余裕で入れる、広々とした空間、地面より少し深く掘って、温度を安定させている(夏は涼しく、冬は暖かい!自然を知りコントロール出来た、素晴らしい民族である)
d0163199_11405212.jpg

ただ狩をし、食べて、寝て日々を暮らしていたのではなく、自然を神とし呪術的信仰から多くの芸術が生まれ優れた文明が存在していたのであろう。
その証が、今回私がこの地を訪れようと思った建築物。
それが、これである。
d0163199_11505028.jpg

縄文中期後半(約4500年前のもの)で、現代人の名称は、大型堀立柱建物と言う。
使用目的は現在も謎で、祭殿・物見櫓などなど、見解はさまざま。
柱穴が三個ずつ二列配置され、柱の内幅は4.2mで規則的にならび、木の根入れは腐らぬよう焼かれていて2.5mと深く、まわりはコンクリートのように硬く締まっていた(相当数の人が上っても問題ないしっかりした建造物)、高さは栗の木の胴回りから推測され、15mと天高く聳え建っていた(復元)。
使用目的として考えて最初に思うのは、物見櫓。だが、これ程の大きさは必要ない。
次に、祭殿。可能性としては、ありだが、縄文人は神を崇めて奉る風習があるので、神の怒りをかう、バベルの塔のことはしなかったのではないだろうか。鳥葬も、墓が存在しているので、ちがうであろう。
4500年前あたりは、この集落の人口は下降気味で、権力誇張シンボルでもないのではないか。
そうなると、あとは実用的に考えていくしかあるまい。ここからは私論になるが、体で心で感じるのは、これは古代の避難場所である!高さ15mと言う高さから、雪から身を守り、地殻変動などによる、津波避けではなかろうか!(住居エリアから裏手の海に一番遠い場所に建築されている)
もしかしたらここは、第二の縄文都市で、近年の調査でこの海の海底に、地殻変動により沈んだ遺跡が発見された事から、そちらが第一の縄文都市で、生き延びた人達が新天地を求め、今の場所に集落を造っていったと考える。この櫓は、その時の教訓なのではないのだろうか?昔も今もそう変化してはいない地形を考えると、逃げるなら、迷わず私はこの櫓に上るであろう。小高い丘と櫓で、高さは25m程にはなるからだ。
実証として、海底遺跡が発見され、日本地図を広げると、青森県は実に不思議な形を形成している。実際に海岸線を調査してみると、下北半島の仏ヶ浦あたりから、凄まじいばかりの陥没と隆起を繰り返してきたことが科学者でなくとも、大よそ検討がつく地形なのだ。
d0163199_12435692.jpg

下北半島・仏ヶ浦の奇岩群(人知のなせるものではない)
青森市にむかう海岸線においても奇岩奇石は存在している。津軽も、同様である。
d0163199_12474429.jpg

日本海側も凄い隆起が見てとれる(千畳敷海岸、海岸を少し離れても大きく段差上の地形が露出している。
この海岸線の地形を辿っていくと、白神山地の日本海側、雄島海岸・男鹿半島まで私の追いかけでは判明した、もしかしたら能登もそうで、日本海側が大きく隆起したのではあるまいかとも思う。

今回の東日本大地震において、こちらの日本海側の断層は、大きく揺れなかったが、大きな力はかかったと思われる。私の住む茨城県沖から千葉・東京静岡へ向けての断層もGが掛かったままであると一部の科学者の見解にもある。静岡といえば、富士山に通ずるフォッサマグマがある。なんとも危険な状態なのである。

小松左京原作「日本沈没」の昭和版ではなく、平成に制作された「日本沈没」のように断層の亀裂を破壊してGの力をなくすような事が出来ないのであれば、私が想像した縄文人のように、共存の道を選ぶべきであろうとも思う。現在日本は、急ピッチで現在の緊急津波避難のビルを指定したり、建造の計画を進めているらしい。
大自然のなすことは、人間にとって大きな事であっても、地球規模からみれば、小さい事である。

また、縄文に精通した、故岡本太郎氏が人類に啓発した「明日への神話」はまさに現代日本でおき始めている実話になりつつある、呪術に闌れと言う分けではないが、人類が手にした最大の進歩「火」とうまく折り合いをつけて根本の自然に近い所から生まれる炎と付き合うべきなのかもしれない。原子力は偶然の産物から人間が発見し創作してしまった炎であるからだ。4500年前あたりから、最大級の集落を誇った、丸山集落都市もだんだん人口の下降をみている。人が増えすぎた為の疫病、争い、規律の圧力、災害などいろいろ考えられるが、どの文明も巨大になるにつれて、崩壊がはじまりやすいものである。たくさんの人が分散して行ったと考えられている。遺跡には、より良い未来へ向かうための縄文の教訓が示されているのである。
d0163199_14401938.jpg

私がこの地の風に吹かれ、空気を吸い、建造物にふれた心の体感である。(私論)

追記
ここを離れて行った、縄文人はどこに行ったのだろうか?縄文後期には、栗・くるみの栽培・養殖・米の栽培などおこなわれるなどして、定住型になっていたが、民族の血としては、より良い場所を探して動く旅人の民族である。ある者は、北海道へ、アジアヘ、丸山遺跡のみだけではなく、日本各地の縄文人は、世界に旅立っていったのかもしれない。最後の写真の土面は目がアーモンドアイ、三年前に東京国立博物館にやって来た、島田教授が発掘した、シカン文明の黄金の仮面と非常に類似しているのだ。日本人はあまり大きく主張しないのだが、長崎県の福井洞窟からは隆起線文土器が発見、検査により1万3000年前のもと判明、世界で一番古い土器なのである。
[PR]
by ipa_ibaraki | 2011-10-04 10:50 | 嶋田 孝和
遠い遠い、遥か昔、ここに人が住んでいた。
d0163199_0411174.jpg

湖で魚を釣り、山で狩や木の実を採り、生きていた。現代では、その人達の事を、「縄文人」と言う。ここは秋田県、田沢湖。縄文集落の跡が発見されたのは、そう遠くない昔、名前は潟前遺跡と言う。四方を自然の恵みを蓄えた山々に囲まれ、魚影に恵まれた透明度の高い、神秘的なブルーの湖である。
d0163199_0422358.jpg

私の中の縄文の血の記憶を辿り、この地を訪れるのは二度目になる。(上の写真は2010年、夏の撮影)
2011年、夏。どうしても、縄文人も見たであろう景色にめぐり逢いたい為に、今年こそはと、再訪する事にした。

雲が低くたれこみ、時折の雨の中、早めに準備をし、じっとがまんして、その時を待つ。チャンスは5分間ぐらいしかないからである。湖が漆黒の闇に覆われる、ほんの前の時間、
私の見たかった景色は、これである。
d0163199_141368.jpg

目の前の世界がひとつの色で染められる、美しい瞬間!瑠璃色の時間である。
この時、私の心は時空を超えて、遥か縄文の世界に旅をしているのである。
[PR]
by ipa_ibaraki | 2011-10-03 00:46 | 嶋田 孝和
日本人のルーツ、縄文人。その文明の美を世界に知らしめ、私に縄文の凄さ!を教えて頂いた心の師匠、故岡本太郎氏(私の中では、万博以来からまだ生きています)、今年は師の生誕100年祭!いつもより多くのイワクラ(磐座)に触れ、大子の山中にて大地の山鳴り(地鳴り)を経験(まるで龍が鳴いているようだ!)しているうちに、普段は山篭りでもしないと、私の中の縄文の血がドクドクと湧き上がってこないのだが、どうやら今年は、スイッチが入りっぱなしになってしまっているようだ。2011年夏、気がつくと私は、私の中の血に導かれるまま、東北に向かって車を走らせていた。着いた先は、青森県。そこから、入内川に添って一本道を八甲田山方面に向かい山中に入って行く、地元の信仰の場所なので方向看板など存在せず、水田・畑・を通りすぎると、だんだん心細くなってくる(本当にこの道で良いのか?)、集落を通り過ぎたあたりで小金山神社が右側に飛び込んできた、人が居る、境内を掃除している地元の方である。石神様にお参りに来たこと告げると、まだ5km先の行き止まりまで未舗装を行く事になるらしい。道を尋ねたとき、最初は少し怪訝そうだったが、水戸黄門で有名な水戸から来たんです!と言うと、にっこり笑顔になって頂いて、「私も、水戸黄門は好きだよ!はるばる遠い所をなんもよく来たの!ありがとう!といって頂けた。(困った時の水戸黄門様である、今期での放送終了が惜しまれます)親切に、「石神様に行く手前に玉鈴の滝があるから、清めてから行きなさいと教えて頂いた。
d0163199_012494.jpg

玉鈴の滝の入り口(信仰の深さが伺える、鳥居に日の丸は昔からの縄文のアミニズム信仰が現在でも生きている証である)
d0163199_0133029.jpg

信仰の滝である、本来はここで禊をしてから石神様に参拝するのであろうが、結構な雨の中、気温も23度しかなく、手と顔を洗い、深く頭を下げるにとどめる事にした(だれか私の前にお参りした方が居るらしく蝋燭の火が雨に負けず灯っていたのがより神聖に感じ、深々と祈りをこめ、この先の入山のお許しを願った。
d0163199_12471552.jpg

今にも熊が出てきそうな、石神神社山道を走り山門に到着。最初のお出迎えは、なんとも生き生きとした龍、秘境とまでとは言わないが、別次元の世界に入りこんでしまった感覚に包まれてしまう。
d0163199_1371274.jpg

この神社は、通常の神様とは異なり、神が宿った(縄文の頃のアミニズム信仰)巨石が御神体になっており、発見は縄文までは遡らないのだが、江戸初期。眼病を煩わっていた、弥十郎と言う人が夢のお告げを受け、入内山中に分け入り、夢に出できた通りのご神体を発見、目のような窪みから、湧き出る水で目を洗うと病が完治したと言う。(現在は残念ながら、目から湧き出ていた水は枯れている)その話が、村から村へ伝わり、多くの人が神様の水を求め、危険な道なき山中を歩き(中には本当に、熊に襲われた方もいると思う)多くの人に奇跡を起こしたと伝えられている。その奇跡がまやかしでない証拠に、観光地でもないのに現在でも、道がこの神社の信仰の為だけに整備され、神社も毎日のように綺麗に掃除されている。
その神様がこちら。
二つの眼光から、凄まじく重いエネルギーが放たれており、暫くは近ずくことが出来ませんでした。
念入りに手を合わせ、お参り祈願した後、恐る恐る、シャッターを押させて頂きました。

d0163199_20241513.jpg

石神様(地元では、この神様の事を「天石大神」と呼び、太陽と月の力が宿る神様として、奉られている)
伝説では、天空から光に包まれて降りてきたとも伝えられ、現在としても聖地として厚く信仰されています)
しかしこの神様、あまりのインパクトがありすぎる為、明治初年の頃は政府から神仏懇請禁止令により、神社としては、神様の成り立ちが曖昧であるとして、立ち入り・信仰禁止の御触れが出される。すぐに信仰者から正式に祈祷所としての許可を申し出るが、明治5年の県庁の見解は、「愚民を惑わす、妖言である!」として取り合わなかった為、相当数の人々が禁止令を無視し、山に参拝することとなる。政府として、それを放って置くこともできず、石の破壊を試みるが、天変地異が起きたり、破壊しようとする者の手が痺れて動かなくなる怪奇な現象が起こり、結果として見てみぬふりをする、放置と相成った。
d0163199_21245968.jpg

明治政府も、国が安定してきた為か、規制もゆるくなり、明治38年に三上東満氏により道の整備・神社祠建造などの再開発が行われ、聖地として確立し、現在に至る。
御祭神は「天照皇大神」「月夜見大神」「大山祇大神」の三神である。

この聖地には、日本人としての自然に対する信仰の深さ、縄文の血が脈々と生きている。
石神様に、聖地を守られる方に、合掌。

もうすぐこの地も、雪の下に覆われ一時の眠りにつく、北国の冬は近い。

追記
d0163199_20392015.jpg

上にも書いたが現在は、石神様の目から湧き出る水は枯れている。(雨によって水が溜まるが、湧き出ているわけではない)奇跡とまでは行かないかもしれないが神社内に、「薬師寺の水」が湧き出ている(水質検査によって、カルシューム・山のミネラルを多く含み殺菌作用があるらしい)飲んでみたが、なかなか美味い。
d0163199_20395494.jpg

入内川の水を使って作られているお米(一度、食べてみたい)
[PR]
by ipa_ibaraki | 2011-09-30 00:24 | 嶋田 孝和
踊れ!美しい花達よ!燃え上がる炎のように!
d0163199_22152074.jpg

JAZZ(ジャズ)で言うなら、コードではなくモード、Miles Davis(マイルス デイビス)の様なもの。          と書くと、ジャズ友から、ファラオサンダース(フリージャズ)じゃないのと、言われてしまう。確かに踊るなら、民族音楽バリバリのファラオかもしれない。

9月25日、NHKにてマイルスデイビスを特集した放送があった。改めて、彼の音楽に対する、追求心の凄さを再確認できた、素晴らしい番組だった。

10月1日(土)午後1時からはNHKにて、マイルスデイビスの日本公演の演奏(60分)を放送、久々にマイルスデイビスがテレビに登場する。(後期のマイルスなので、アコーステイックなメロディアスを期待する方には不向きかもしれません)
[PR]
by ipa_ibaraki | 2011-09-23 22:21 | 嶋田 孝和
東日本大震災から、半年が経ちました。亡くなられた方々に、心よりご冥福をお祈り致します。
d0163199_2330843.jpg

私の住む、茨城県も含み、福島・宮城・岩手・青森・秋田県など大きな被害を受けました。自分の自宅も全ての修理が終わったわけでもなく、近所の屋根などみると、ブルーシートがまだまだ、かかっていたり、道路もメインを少し離れただけで、ボコボコ状態(県や市の役所の方々もがんばっていらっしゃるとは思いますが)、仕事も大幅に激減し、今後も不景気・大地震・原発の影響で、元の状態には戻る事はないかもしれません。震災直後は、何も出来ませんでしたが暫くして、落ち込んでいてもしょうがない!今、自分の出来ること(復興)をやろう、そんな気持ちから、がんばろう茨城!の撮影をはじめ、今年の夏は毎年なにかとお世話になっていた東北のがんばろうを撮影に出かけてきました。東北(日本海側)は、茨城と同じように完全に復興はまだまだでしたが、がんばっているぞ東北!でした。太平洋側の東北は、今回は別の多くのカメラマン様におまかせし、自分の滝めぐりでゆかりのある、日本海側の撮影に出かけ、多くの人との出会いがあり、応援のつもりが逆に、大きな勇気をもらってきました。まだまだ復興は終わりが見えませんが、撮影行脚の一区切りとして陶炎祭(笠間)でスタートしたので、締めくくりとして笠間のつつじ公園で開催された、「第三回 月見の会」を紹介しようと思います。
d0163199_23335827.jpg

キャンドルの明かりがとても綺麗です(震災後、ろうそくの灯をみると追悼の気持ちが起こり、手を合わせてしまいます)あとは、明るいステージ照明設備(安全上、外灯はひとつあります)は無く、月あかり・かがり火の優しく、安らぐ火の中、月を楽しむ会が行われました。
d0163199_23474826.jpg

箏さらりん(土浦・守谷・龍ヶ崎からの出演)
楽曲「ふるさと」が心にしみいります。
d0163199_23541269.jpg

スタジオ アルパ(土浦・阿見から)
アルパで聞く、日本の曲も良いものです。
d0163199_23574443.jpg

松舟会(筑西、協和から)
昔ながらの民謡、日本人ていいな、と思います。
d0163199_022561.jpg

夜もだんだんふけてきました。笠間の夜景が、みんながんばって生きているよと、輝いています。
d0163199_092481.jpg

Halo(笠間から)IBS茨城放送 notes(土)午後 パーソナリティーとして出演。毎月最終週、9月は24日(午後1:00以降から、私も今週はじめて、聞こうと思っています)知らなくてすみませんでした(^^;)。

音楽家で写真家(話をお聞きすると、農業もやっているとの事、素晴らしいです!取れたての、なたまめをコンサート後、頂いてしまいました。ありがとうございました!美味しく頂ました。感謝です。
やさしい光・つつじ・眠れぬ夜・あした天気になあれ(演奏曲目)どの曲も素晴らしく感動です、とくに「やさしい光」は、涙が出ます。
d0163199_0141134.jpg

Haloのayakoさんの歌声は秋の夜風のように爽やかで、ちから強い言葉は、ゆったり聞いていると、祈りのよう!大地に降り注ぐ、優しい雨のように、こころに染み入ります。
d0163199_22283383.jpg

素足で歌う姿は、とても美しく、大地と対話なされているようでした。
d0163199_22352312.jpg

透き通る、歌声に共振し、空気が澄み渡り、お月様がきれい!微笑んでいるようです!
d0163199_0333074.jpg

笠間稲荷囃子保存会(笠間から)
地元の子供達もがんばってます!
d0163199_0365648.jpg

最後は、お狐様の稲荷ばやしです。歴史は深く、無病息災・五穀豊穣・商売繁盛などのありがたい、太鼓です。
d0163199_133054.jpg

復興を願い、お狐様が、舞いながら太鼓を鼓舞します。とても神秘的で、だんだん力強く、風に乗り笠間の市内まで、響き渡ります。
d0163199_1125070.jpg

笠間 月見の会、とても良い集いでした。安らぎと、がんばる勇気も確かに貰うことが出来ました。
運営とりまとめ役のフクダ様、お疲れ様でした。また、この月見の会を紹介して頂きました「little cu」様、良い集いを紹介していただき、感謝です。リンクアップ、ありがとうございました。

月を愛でる(主催様)リンクありがとうございました。
9/24主催様、「月を愛でる」で検索。お狐様の太鼓の動画が冒頭少しだけ、アップされました。
 

Haloさん、リンクありがとうございました。(笠間の絆、最高です!)

来年も参加したいと思います。秋の夜風に吹かれながら月をめでて、素晴らしい音楽を聴く。日本人もすてきだなと、考えるいい時間を貰えます。 嶋田孝和。

みなさまのリンクアップに深く、感謝いたします。是非この月見の会を、笠間を!復興へ向けて、もりあげていきたいものです。そして来年は是非、笠間の月見の会に参加してみてください、きっと素敵な時間を過ごす事が出来ると思います。

 どうぞ、お気軽にコメントして下さい。(この集いもそうでしたが、人と人との出会いが全てを広げて行くと思います。
[PR]
by ipa_ibaraki | 2011-09-12 23:41 | 嶋田 孝和
8/20雄島から、なまはげ郷神楽を追って秋田県男鹿半島へ!8/21
d0163199_1024638.jpg

野宿している山の中、なにかの気配がするのでテントの外を見てみたら、これは夢か幻か?なまはげ様が里に向かって降りて行く!男鹿は本当に、なまはげ様が住んでいるのだ!(空が高く、空気が太古の香りがする!ここは、神話の国だ!)
d0163199_1038317.jpg

翌日22日、なまはげ郷神楽の本拠地、五風会館(男鹿温泉郷の中心にある)にお邪魔し、神楽集団の方々にご挨拶をし(みな、爽やかで気持ちの良い方ばかり)撮影許可を話したら、快く承諾して下さった。(実は私、以前から、ファンクラブの会員でライブはこれで雄島を入れて、今夜で二回目)。チームの岩澤様と大友様のお話を伺うと今年で10年目、最初数年は砂利敷の駐車場でストリートライブを披露、今ではここ、五風会館でライブに触れられる。2004年には、「ソウルドラムフェスティバル」において、人気投票第1位を獲得、パリ公演も果たした。
現在は、アメリカ公演も考え、世界中を疾走しながら、震災地などをめぐり、見る人に勇気と感動を共有してくれている。
d0163199_1115164.jpg

さあ!ライブの始まりだ!岩澤氏の神おろしの太鼓で、なまはげ様が山から、下りてくる。
d0163199_11231253.jpg

なまはげ様が今夜、ここに集った者達に悪い事をしてるのがいねが、確認しながらやってくる。
d0163199_11313184.jpg

門踏み太鼓で、神の降臨と威厳を示し、やがて集った者達の幸せと繁栄を願い、厄払いの太鼓が会場に響き渡る。
d0163199_11364788.jpg

普通の神楽太鼓とは少し違い、なんともいえない土着的なリズム!その中に身をおいていると、血の奥底から眠っていた日本人本来の大和の魂、縄文の血と言えばいいのだろうか、心が!体が熱く燃えてくる!
d0163199_114623.jpg

なまはげ様が山に帰った後は、人間が神様にお礼のお返しの太鼓で答える!なまはげ神楽達も集った者達も一体となりこのハレの場に感謝!(会場のみんなが、最高の笑顔になって行く)これは神と人との奉りだ!
d0163199_11514545.jpg

太鼓の鼓動が、空気に振動し、熱い魂が炎となって燃えあがる!
d0163199_1158296.jpg

今夜の幸せの時間に感謝、素敵な微笑みに感謝!
d0163199_1254097.jpg

そして、祭り(奉り)の終演。みな、なまはげ郷神楽に感謝!感動の拍手は暫し、鳴り止む事は無かった。
d0163199_12131033.jpg

ここ男鹿半島も、がんばっているぞ、東北!です。
d0163199_12153972.jpg

なまはげ郷神楽のみなさん!最高の奉り(祭り)をありがとうございました。
今も、太鼓の響きが聞こえてきて、心熱いです。
この幸せになれるライブに参加したい方は、秋田県男鹿・男鹿温泉郷・五風会館(今年は、11.5日まで)
火・水・金・土・日 PM8:30~ (震災地等など、出張の場合もありえるので五風会館に連絡してからをお勧め致します) 0185-33-3191 男鹿温泉交流会館五風(親切に対応してくれます) 
太鼓が好きで、今まで色々な演奏を聴いてきたが、今回の体験した、なまはげ郷神楽の演奏とパフォーマンスは初めての経験で衝撃的でした。日本人の奥底にある、大和の魂!古代縄文の眠れる血が騒ぎ!太鼓のリズムに共鳴、神楽達と同じように体が動き出し、熱く燃える炎のようでした。近くにいたら毎日、撮影に行きそうです!  また、燃える演奏!最高の笑顔に!再会出来る日を楽しみに! 嶋田孝和
[PR]
by ipa_ibaraki | 2011-09-07 10:17 | 嶋田 孝和
世界遺産「白神山地」に程近い、秋田県八峰町。観光・漁業などが盛んで、のんびりとして美しい町も今回の東日本大震災で大きな被害を受けたが、住民の団結力により復興がなんとか進み、一時は開催もあやぶまれた、まつりもみんなの力で「25周年記念雄島花火大会まつり」が無事、八峰町八森中浜海岸にて8/20(土)に開催された。(本来の開催日は8/15)。
d0163199_19555689.jpg

このお祭の凄い所は、運営に関わるスタッフはもちろん、花火のスポンサーは大手の会社・お店のみならず、
800名近くの一般協賛スポンサーがお金を出し、なおかつみんなで参加している事。(今の大都市などではなかなか出来ないようになってきているし、団結力が凄い!今の国会の全政治家のみなさんも、見習ってほしいものである)
d0163199_201230100.jpg

まつり太鼓の準備!
d0163199_201358.jpg

運営さんが、皆に声をかけてまわる!
d0163199_20163266.jpg

子供達も、嬉しそう!みんなで、まつりを待っていた!
d0163199_2022585.jpg

そろそろ、まつりがはじまるぞ!(いい笑顔を、ありがとうございます)
d0163199_20255563.jpg

幼稚園児の元気太鼓で、祭りがはじまります!
d0163199_20294895.jpg

八中生と祭子蓮の競演です。
d0163199_20315966.jpg

太鼓の響きとともに、太陽が日本海にゆっくり沈んでゆく、言葉にならない美しさでした。
d0163199_20372728.jpg

今回の25周年、スペシャルゲスト!なまはげ郷神楽の登場、凄い!なまはげのうなり!普通の太鼓囃子ではなく、もっと土着的なリズム!体全体が燃える火のように熱くなります。
d0163199_20455167.jpg

会場全体が、ひとつになり盛り上がりました。ありがとう!なまはげ郷神楽!
d0163199_2114290.jpg

クライマックスは、なんといっても海上花火!美しすぎて、時間を忘れてしまいます。
d0163199_21154160.jpg

まつりの後は、スタッフ総出で撤収作業(私もせっせっせと、ゴミ拾い)打ち上げにも参加させてもらえました。
みなさんの心意気、出逢いに感謝!がんがろう東北!ここ雄島も、がんばっているぞ東北!でした。
雄島花火実行委員会・八峰町、中浜ひとつ森会のみなさま、本当にお疲れ様でした、素晴らしいまつりを、ありがとうございます!ふるさとに帰ったような、時間を過ごす事が出来て幸せでした。
普通に、この花火大会に来られても、きっと他の場所にはない、どこか懐かしく、故郷に帰った気持ちで過ごす事が出来ると思います。本当は秘密にしておきたい、素晴らしいお祭、みなさまも時間を作って、参加してみてはいかがでしょうか。お勧めです!毎年8/15日の開催(雨天・海の天候などにより順延あり)、お盆なのでかなり込み合います、宿がとれない場合は、近くのハタハタ館キャンプ場があります(とても親切です)。
嶋田孝和。
[PR]
by ipa_ibaraki | 2011-09-05 19:49 | 嶋田 孝和
大和の魂(縄文文明)を探し求めて東北に旅立った私は、三内丸山遺跡の空気に触れ(ここの遺跡で体に感じた事は、別の機会でふれる事にしたい)縄文文明最大級の大きさを実感した。
d0163199_9154248.jpg

新しい遺跡が発見されており、学術調査が行われている。
この遺跡から、車で約一時間ぐらい走り今回の目的の場所、なんとも謎にみちた遮光土偶が発見された木造館岡に向かうことにした。
d0163199_9214613.jpg

木造駅はなんと、遮光土偶のかたちをしていて、岡本太郎先生の太陽の塔のように聳え立つている(余談だが、電車がつくと目が光るらしい、一時、子供達が怖がると言うことで止めていたらしいが、現在は光るとの事)
d0163199_936564.jpg

遮光土偶が発見された場所は現在、しゃこちゃん広場として、市民コミュニティの場所として愛されている。
8.20(土)あたかも導かれたようにちょうど年に一度の、JOMON 亀ヶ岡遺跡まつり2011に出逢う事が出来た
縄文時代の踊りを彷彿する子供達の踊り!ワクワクしてきます。遮光土偶も嬉しそう!
d0163199_953684.jpg

伝説の縄文太郎のねぶたもあり、祭りのクライマックスには、このしゃこちゃん広場から亀山・館岡地区を練り歩き、八幡宮に奉納されるそうだ。
d0163199_9584432.jpg

地元の方が愛するこのお祭は、なかなか素晴らしく!みなさんがとても親切で、フレンドリー!地元外の縄文を愛する方も、非常に楽しめるお祭です。(縄文の踊り、津軽太鼓、津軽三味線、ねぶた運行と、もりだくさんで、つがる縄文の風が力強く吹いています)
企画運営のNPO法人 つがる縄文の会 川嶋様、嶋野様、私とお話して下さった皆様、いろいろ貴重なお話、親切な対応、ありがとうございました。突然の出逢いだったので、最後までいれなく残念です。次回は、最初から最後まで参加したいと思います。私の愛すべきお祭が、亀岡にありました。タイトルが、がんばろう東北!になっていますが、がんばってるぞ東北!ですね。世界文化遺跡登録をめざしがんばってください!応援しています。
地元のものは地元に、東京に出帳している遮光土偶さんが、私は地元に帰るのが良いと思います。
嶋田孝和
[PR]
by ipa_ibaraki | 2011-09-04 08:58 | 嶋田 孝和
がんばろう東北!青森も地震により大きな被害を受けたが、今年も無事に、ねぶた祭りが開催された。(自分は地元のお祭の撮影の関係上、テレビやインターネット配信でしか見た事がなく、一度じかに体験してみたいと思っていた。)今回、被災修理を終えた青森にある「ねぶたの里」に大和の魂の根源を探し求める旅と応援紹介を目的に訪れてみた。
d0163199_2152770.jpg

ねぶたの里には、大型ねぶたが10台ゆっくり躍動しており、はじめて、まじかに見た感想はひとこと「凄い!このそびえ立つ巨大なねぶたが、ハネトの先導で街をうねり動くのか!」
d0163199_2120359.jpg

これは、ただの張子の人形ではなく、青森県民の魂が込められ、生きている!
d0163199_21335045.jpg

ねぶたの里の見所はなんといっても、生のお囃子が入り、実際にハネとねぶた引きの経験が出来る運行ショー
d0163199_2159999.jpg

d0163199_226185.jpg

なんともいえない独特の土着的なお囃子のリズム・「ラセラーラセラーラッセ、ラッセ、ラッセーラー」の掛け声(私にとっては、呪文に聞こえる)で踊るハネトさん達!血が沸き踊り、大地が本当にうねりだす、これはもう、自分も大いなる呪文にかけられ、跳ねだすしかないのである(跳ねるカメラマンの誕生?)
d0163199_22183752.jpg

血が、体が、楽しい!嬉しい!大いなる自然の大地と一体になれるのが、ねぶたなのだと思う。
d0163199_22314234.jpg

ビューティーな司会進行のお姉さんとハネトさん、いろいろありがとうございました。お祭に予定が組めない方は、「ねぶたの里」はお勧めです!生きている!と感じたい,元気になりたい!方は、運行ショーに参加しましょう!
がんばろう日本!がんばろう東北!心ひとつに青森!を応援しています! 嶋田孝和
[PR]
by ipa_ibaraki | 2011-09-03 22:43 | 嶋田 孝和
23.8.31(水)茨城県水戸市 JR水戸駅改札口・特設ステージにて、フラガール全国きずなキャラバン、100回記念公演が大勢の復興を誓うお客様の前で、行われました。
d0163199_20511477.jpg

爽やかで、心洗われる気持ちの良い歌が通りゆく人の足を暫し止めてしまいます。「息吹/AERIAL」
d0163199_2184439.jpg

震災後、復興へ向けて走ってきた心と体がフラガール達の優しく、力強いダンスで心と体が癒されて行きます
d0163199_2122304.jpg

最高の笑顔をありがとうございます!
d0163199_21231217.jpg

水戸市にも、楽園の癒しと太陽の元気な活力の風が、確かに吹いたと思います。
d0163199_21272675.jpg

お客様もみな、拍手(涙)でこたえます!
d0163199_21284692.jpg

フラガール達の街、いわき市もがんばれ!
d0163199_21351142.jpg
d0163199_21363413.jpg

自分にとって、常磐ハワイアンセンター(旧名)現在は、スパ・リゾートハワイアンズは子供の頃の楽園でした
パイナップルもここではじめて食べました。フラダンサーの元気なダンスもここで初めて見て、体験して衝撃でした。大人になり、南の島に渡ったのもすべての最初はここからでした。日本に帰国した今も、疲れたとき、元気を貰いにハワイアンズに通っていました。いわき市の復興を願ってやみません。
みなで、がんばりましょう!ハワイアンズは、23.10.1の再オープン決定です。
みんなで、フラガールに逢いに行きましょう! 嶋田孝和
[PR]
by ipa_ibaraki | 2011-09-02 21:48 | 嶋田 孝和